「はぁ〜・・・」
窓の向こう側に広がる灰色の空を見つめて、私はため息をついた。
ラッキーアイテム
「今朝はあんなに晴れてたのになぁ〜」
そう呟きながら私は昇降口に向かう。
確かに朝は晴れていた。だから傘を持っていくなんて考えは全くなかった。
それなのに帰る間際になってこの天気。
いつもはロッカーに入っているはずの折りたたみ傘も今日に限って入っていない。
「最悪だ」
とりあえず靴を履き替えて外に出る。
空を見上げてみたがどこまでもどんよりとした灰色の雲が広がり、
一向に雨は止みそうにない。
走って帰ろうにも、この土砂降りでは1mも走ったら全身びしょびしょになるのが目に見えていた。
「どうしようかな・・・」
昇降口で立ち往生していると、後ろから聞き慣れた声がした。
「何をしているのだよ」
振り返るとそこには、
「緑間君」
不思議そうに私を見下ろしている、彼が立っていた。
左手で眼鏡をクイッと上げながら、「何をしているのだよ」ともう一度尋ねてきた。
「ん〜、帰ろうと思ってるんだけど、この天気だし。傘ないし。どうやって帰ろうかと模索中」
そう言って私は苦笑いを浮かべた。
「なんだ。天気予報を見てこなかったのか?夕方から大雨になると言っていただろう」
「あ〜・・・今日寝坊して、急いで出てきたから」
私はポリポリと頬をかいた。
チラッと緑間君を見ると、右手にしっかりと傘を持っている。
「だからはダメなのだよ。『人事を尽くして天命を待つ』というだろう。
オレは人事を尽くしている。おは朝占い同様、天気予報もちゃんとチェックしているのだよ」
緑間君はもう一度眼鏡をクイッと押し上げた。
私はそれに答えることはせず、ただジーッと緑間君の右手に注目していた。
「な、何なのだよ」
私の視線を感じたのか緑間君は少し焦ったような声を出した。
「・・・それが今日のラッキーアイテムなの?」
私は緑間君の右手を指さして尋ねた。
右手には2本の傘。
1本は黒い無地の傘。
もう1本は可愛い花柄の傘。
どう見ても後者は緑間君の持ち物とは思えなかった。
「そ、そうだが。おは朝占いのラッキーアイテムが『花柄の傘』だったのだよ」
私は視線を右手から緑間君の顔に移す。
恥ずかしいのかそっぽを向いている。少し顔も赤いような気もする。
「ふ〜ん」
私はニヤッとして、そう一言だけ返した。
「何を笑っているのだよ、」
緑間君は目線だけを私に戻す。
「いや?可愛いなぁと思って、その傘。来る途中に買ったの?」
「当たり前だろう。オレがこんな傘を持っているはずがないのだよ」
登校途中、花柄の傘を買っている緑間君を想像して、私は盛大に吹き出した。
本当に『人事を尽くしている』んだなと感心しつつ、占い信じるとか可愛いなと思った。
「で、ラッキーアイテムのおかげで補正されたの?」
私は涙を拭いながら尋ねた。
「当たり前だろう。今日もオレのシュートは落ちん」
そう言って誇らしげに眼鏡を押し上げた。
「そう。良かったね」
私が笑顔を向けると、花柄の傘が目に飛び込んできた。
見上げると緑間君が私に傘を突きつけていた。
「もともと今日の蟹座の運勢はそんなに悪くない。
それに今日ももう終わるからな、ラッキーアイテムももう使わんだろう。
・・・お前にやる」
私は緑間君の顔と傘を交互に見た。
「傘がなくて帰れないのだろう?
そ、それに花柄の傘など持っていてもオレは使わん。
ならば、使うヤツが持っている方が有効的だろう」
緑間君は顔を赤くして、またそっぽを向く。
そして、早く取れと言わんばかりに私の目の前に傘を押し出す。
「じゃあ、お言葉に甘えてもらっちゃいます」
私はふふっと笑って傘を受け取った。
チラッと緑間君と見上げると、視線だけ私に向けて少し嬉しそうに微笑んでいた。
帰る方向が途中まで一緒だったこともあり、2人並んで下校することにした。
他愛もない話をして、駅で緑間君と別れた。
駅のホーム。右手に持った花柄の傘を見つめながら私は呟いた。
「蟹座の今日のラッキーアイテム、『テントウムシのキーホルダー』だったんだけど。
というか、緑間君、私も蟹座だってこと忘れてないかな?」
私のために買ったモノじゃないと分かっていても、
私が困っていたからくれただけだと分かっていても、嬉しかった。
私は携帯を取り出して目の前に掲げる。
揺れるストラップの中からテントウムシのキーホルダーを見つけて、軽くデコピンをする。
「『人事を尽くしてみる』のも、イイかもね」
私は小刻みにゆれるテントウムシに向かって微笑んだ。
−−−−−アトガキ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
緑間のイメージソングっぽいという曲を聴いて思いついた作品。
緑間は雨が似合うと思う。IH決勝戦見て思った。
好きな子には何かきっかけがないと一生声をかけない、そんな素直じゃない緑間が好きです。
ラッキーアイテムが少しでもきっかけになればいいよね。
それでは、ココまで読んでいただきありがとうございました。
12.06.09
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